SG-1000、メガドライブ、セガサターン、ドリームキャスト――。
1983年に家庭用ゲーム機市場へ参入してから、セガは約18年間にわたって数々のハードを送り出してきました。
メガドライブは海外で大きな存在感を示し、セガサターンやドリームキャストにも現在まで語り継がれる名作が多数存在します。
それでもセガは最終的に家庭用ゲーム機の製造から撤退しました。
「あれだけハードを出したセガは、なぜ天下を取れなかったのか?」
5ちゃんねるでは、ソフトのラインナップ、アーケード中心の企業文化、PlayStationとの競争、マーケティングなど、さまざまな角度から議論が交わされています。
セガは1983年から家庭用ゲーム機に挑戦
セガが日本で家庭用ゲーム機「SG-1000」を発売したのは1983年7月15日。奇しくも任天堂のファミリーコンピュータと同じ日でした。
その後もセガ・マークIII、メガドライブ、ゲームギア、セガサターン、ドリームキャストなどを展開します。
特にメガドライブは「Genesis」の名称で展開された北米市場でも成功し、セガの家庭用ハード事業を代表するゲーム機のひとつとなりました。
一方、日本国内ではファミコンやスーパーファミコン、さらに1990年代半ばからはPlayStationなど強力な競合と戦い続けることになります。
「アーケードゲームの移植が多かった」という印象
5ちゃんねるで複数見られたのが、セガの強みだったアーケードゲームと家庭用ゲーム機の関係についての意見です。
「ソフトがコンシューマー向けにしたのがほとんどなかった なんかアーケード向けを移植したのが多かった」
セガは『バーチャファイター』『デイトナUSA』『バーチャロン』など、アーケードゲームで強力なタイトルを多数生み出してきました。
家庭でアーケードの人気ゲームを遊べることは当時大きな魅力でしたが、一方で家庭用市場ではRPGや長時間遊べるタイトルなど、ゲームセンターとは異なる需要も存在します。
「万人受けするような作品が無かったから」
もちろん実際には『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』をはじめ家庭用市場を意識した作品も多数存在するため、「セガには万人向け作品がなかった」と断定することはできません。
ただ、セガに対して「アーケードに強いメーカー」というイメージを持っていたユーザーが多かったことは、当時のゲーム文化を振り返るうえで興味深いポイントです。
セガサターンとPlayStationの競争
1994年にはセガサターンが発売され、同年に登場したソニー・コンピュータエンタテインメントのPlayStationと激しい競争を繰り広げました。
5ちゃんねるでは、PlayStationの存在がセガの家庭用ハード事業に与えた影響についても議論されています。
「当時中学生で両方持ってたけど、ff7がやはり大きかったな」
『ファイナルファンタジーVII』がPlayStation向けに発売されたことは、当時の家庭用ゲーム機市場を語るうえで象徴的な出来事のひとつです。
一方、セガサターンにも『バーチャファイター』シリーズ、『サクラ大戦』、『NiGHTS into dreams…』など独自の人気作品があり、日本では一定の支持を獲得しました。
掲示板では「PlayStationが参入していなかったら」という仮定まで登場しています。
「サターンの時、PSが参入せず前世代と同じ任天堂、NEC、セガの戦いだったらサターンが勝ってた可能性はあったかね」
もちろんこれは仮定の話であり、実際にどうなっていたかを検証することはできません。
ただ、それだけ当時のPlayStation参入がゲーム市場に大きな変化をもたらしたと感じているユーザーが多いことは分かります。
ドリームキャストは時代を先取りしていた
1998年に日本で発売されたドリームキャストは、家庭用ゲーム機として当時かなり先進的な設計を採用していました。
特に大きな特徴がモデムの標準搭載です。
インターネット接続を前提としたゲームやサービスを展開し、『ファンタシースターオンライン』など、後のオンラインゲーム文化を先取りするようなタイトルも登場しました。
一方、実際に所有していたユーザーからは、ソフトジャンルについてこんな思い出も語られています。
「ドリームキャストかなり良かったんだけど 欠点がコントローラー大きいメモカ挿すと重い ジャンルは格闘ゲームやアクションなどアーケード系が多くRPGとSLGが弱かった」
ゲーム機そのものを高く評価する声もあります。
「PS2に比べてドリキャスのゲーム良かったのにな」
ドリームキャストが現在でもゲームファンから語られる理由は、単純な販売台数だけでは測れない部分にもありそうです。
先進的でもハード事業は続けられなかった
しかし、先進的な機能を搭載することと、ゲーム機ビジネスとして成功することは同じではありません。
セガ自身もドリームキャストについて、PlayStationやPlayStation 2との激しい競争、大規模な広告宣伝、販売促進、価格戦略などによって企業体力を消耗したことを振り返っています。
2001年には家庭用ゲーム機事業の構造改革を実施。ドリームキャスト本体や周辺機器などに関連した在庫評価減・処分を含め、大きな損失も計上しました。
そしてセガはドリームキャストの製造を終了し、家庭用ゲーム機を自社で製造するビジネスから、ゲームコンテンツを複数のプラットフォームへ提供する方向へ転換します。
掲示板では、ハードの世代交代について当時のユーザーならではの意見も。
「実質セガのソフト専用やから新機種が出る発表辺りから旧型の完全切り捨てが始まって小中学生には付いていくのきつかったわ」
ゲーム機は本体だけでなくソフトも購入する必要があるため、ユーザーにとってハードを買い替える負担は決して小さくありません。
特に子どもにとって「次のゲーム機も買ってもらえるか」は、メーカーの技術力とはまったく別の問題だったでしょう。
広告やマーケティングにもさまざまな評価
セガといえば、個性的な広告もゲームファンの記憶に残っています。
セガサターン時代の「せがた三四郎」や、ドリームキャストの「湯川専務」など、ゲーム機そのものを知らない人にも届くようなCMが展開されました。
一方、掲示板ではそのマーケティングについて厳しい意見もあります。
「他社を馬鹿にする売り方からの自虐CM 受けはしたけど売上には繋がるわけがない 圧倒的に営業センスが無い」
CMが話題になることと、それがゲーム機の継続的な販売につながることは別問題です。
ただしセガの広告戦略が実際にどこまでハード事業の結果へ影響したのかを、掲示板の印象だけから断定することはできません。
そして語り継がれる「パワーメモリー」
経営や市場競争について真面目な議論が続く一方、最後にはセガサターンユーザーなら思わず反応してしまいそうな思い出も。
「パワーメモリーの差し込み口が安定してたらなぁ 裏に厚紙をかませるなんて当時は思い付きもしなかった」
こうしたハード特有のクセまで含めて語り継がれているあたりも、セガのゲーム機が今なお熱心なファンを持つ理由なのかもしれません。
GAME速AI分析
セガの家庭用ゲーム機事業を振り返ると、「性能が低かったから」「ソフトがなかったから」「PlayStationが強かったから」といったひとつの理由だけで説明するのは難しいでしょう。
むしろ興味深いのは、セガが非常に強い技術力やアーケードゲーム開発力を持ちながら、それを家庭用ゲーム機市場で長期的な競争力へ変換することに苦戦した点です。
アーケードでは短時間で強烈な体験を提供するゲームが重要ですが、家庭用ゲームではRPG、アドベンチャー、ファミリー向け作品など、より幅広いジャンルが求められます。
さらにゲーム機ビジネスでは、本体の研究開発・製造・流通・広告・値下げなどに大きな資金が必要です。優れた技術を搭載したハードを作るだけではなく、それを普及させ、多数のソフトメーカーとユーザーを集め続ける必要があります。
セガはメガドライブで海外市場に大きな足跡を残し、ドリームキャストではネットワーク機能を早い段階から取り入れるなど、後のゲーム市場につながるアイデアも数多く実現しました。
しかし、技術的な先進性と商業的な成功は必ずしも一致しません。
結果としてセガはハードメーカーであることをやめましたが、『ソニック』『龍が如く』『ペルソナ』などを含むゲームコンテンツを幅広いプラットフォームへ提供する企業へと事業構造を変化させています。
セガハードの歴史は「失敗したゲーム機の歴史」というより、優れた技術やコンテンツを持つ企業であっても、プラットフォームビジネスを継続することがいかに難しいかを示す事例として見ると、より興味深いのではないでしょうか。
まとめ
セガは1983年のSG-1000から2001年のドリームキャスト製造終了まで、約18年間にわたって家庭用ゲーム機市場へ挑戦しました。
メガドライブの海外展開、セガサターンの人気作品、ドリームキャストのネットワーク機能など、その歴史には現在のゲーム市場にもつながる特徴が数多くあります。
一方で、家庭用市場で求められる幅広いソフトラインナップ、PlayStationなど競合との争い、ハード事業そのものに必要な巨額のコストなど、複数の問題が重なりました。
最終的にセガは家庭用ゲーム機の製造から撤退しましたが、セガサターンやドリームキャストについて現在でもこれだけ議論が続くこと自体、そのハードがゲームファンへ強烈な印象を残した証拠なのかもしれません。
管理人コメント
私の中では、当時のセガハードってとにかく「高い」というイメージが強かったですね。
あとはゲームセンターにあるゲームを家庭でも遊べるようにしたハード、という印象もありました。
セガのゲームやハード自体には興味はあったんですが、「このゲームを遊ぶために本体ごと買いたい!」と思えるソフトが、個人的にはなかなかなかったんですよね。
今振り返ると先進的だった部分も多いし、好きな人が熱狂する理由も分かるんですが、当時の私みたいなユーザーまで本体を買わせる決定打が弱かったのかな、という気はします。



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