『インディ・ジョーンズ/大いなる円環』はアンチャーテッドに似てる? 実際はかなり違うゲームだった

XBOX関連

映画さながらの世界を冒険できる『インディ・ジョーンズ/大いなる円環』。

遺跡を探索し、謎を解き、敵と戦いながら世界各地を冒険する姿を見ると、『アンチャーテッド』や『トゥームレイダー』を思い浮かべる人もいるかもしれません。

実際、発売後のネット上でも「アンチャーテッドに似ている」「いや、実際に遊ぶとかなり違う」といった比較が行われました。

しかし『大いなる円環』を詳しく見ていくと、同じ冒険活劇を題材にしながらも、目指しているゲーム体験にはかなり大きな違いがあります。

『インディ・ジョーンズ/大いなる円環』とは

『インディ・ジョーンズ/大いなる円環』は、MachineGamesが開発し、Bethesda Softworksから発売された一人称視点を中心とするシングルプレイのアクションアドベンチャーゲームです。

物語の舞台は1937年。映画『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』と『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』の間に位置するオリジナルストーリーが描かれます。

プレイヤーはインディとなり、バチカンやギザ、スコータイなど世界各地を巡りながら、「大いなる円環」と呼ばれる謎を追っていきます。

ゲームはストーリー主導のパートと自由度のあるオープンエリアを組み合わせており、遺跡の探索やパズル、ステルス、格闘、銃撃など複数の要素が盛り込まれています。

なぜ『アンチャーテッド』と比較されるのか

『大いなる円環』を見て『アンチャーテッド』を連想するのは、それほど不思議なことではありません。

世界各地を旅しながら古代遺跡を探索し、謎を解き、敵との戦闘や映画的なアクションを繰り広げるという部分には共通点があります。

ただし、両作品の関係を単純に「インディ・ジョーンズがアンチャーテッドに似ている」と考えると、少し話が逆転してしまいます。

映画『インディ・ジョーンズ』シリーズは1981年公開の『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』から続く冒険映画シリーズであり、ゲームにおける遺跡探索型アクションアドベンチャーよりもはるかに長い歴史を持っています。

そのため、両者が似て見える背景には、ゲーム側だけを見るのではなく「秘宝を求めて世界を飛び回る冒険活劇」というジャンルそのものの系譜があります。

最大の違いは「インディ本人になる」こと

『大いなる円環』を特徴づけているのが、一人称視点を中心としたゲームデザインです。

開発元MachineGamesは、この視点を意図的に選択したことを明らかにしています。

開発陣が目指したのは、画面の外からインディ・ジョーンズを操作するだけではなく、プレイヤー自身がインディの目を通して世界を見て、遺跡を探索し、謎を解いているように感じられる体験です。

一方で、ゲームのすべてが一人称視点というわけではありません。大きなストーリーシーンや一部の移動などでは三人称視点も使用され、インディ自身の姿を見せる演出も取り入れられています。

それでもゲームプレイの中心を一人称にしたことで、三人称視点を主体とする『アンチャーテッド』とはプレイヤーが主人公を感じる距離が大きく異なっています。

銃撃戦より「知恵・鞭・拳」

もう一つ大きな違いが、アクションの考え方です。

MachineGamesは本作について、ハードコアなシューターを作っているわけではなく、世界を巡るアドベンチャーゲームを作っていると説明しています。

インディを象徴する鞭は敵を攻撃するだけでなく、武器を奪ったり、敵の注意をそらしたり、移動に利用したりすることもできます。

さらにステルス、近接戦闘、銃撃、探索、パズルなどを状況に応じて組み合わせる設計になっています。

つまり、敵を次々と倒して進むことだけが中心なのではなく、「インディならこの状況をどう切り抜けるか」をプレイヤー自身が考えることもゲーム体験の一部になっています。

ネットでは「アンチャーテッドと違う」という声も

元の5ちゃんねるのスレッドでは、『大いなる円環』と『アンチャーテッド』を比較するさまざまな意見が交わされていました。

「アンチャーテッドのようなゲームを期待すると違う」という意見がある一方、本作の探索や謎解き、インディ・ジョーンズらしい冒険を評価する声も見られます。

また、一人称視点についても評価が分かれており、没入感を評価する人がいる一方で、「インディ自身の姿を見ながら操作したかった」という趣旨の意見もあります。

同じ冒険アクションという大きなくくりでは似ていても、何を期待してプレイするかによって印象が変わりやすい作品といえそうです。

GAME速AI分析

『大いなる円環』と『アンチャーテッド』の違いを考えるうえで興味深いのは、主人公とプレイヤーの距離です。

三人称視点では、プレイヤーは主人公の姿や動きを常に確認しながら操作できます。キャラクターのアニメーションや表情、周囲との関係を視覚的に楽しみやすく、「キャラクターを操作している」という感覚を作りやすい方式です。

一方、一人称視点では主人公の身体そのものは見えにくくなる代わりに、プレイヤーとゲーム世界との距離を縮めやすくなります。視線そのものが主人公の視線になるため、探索や謎解きとの相性も良い設計です。

MachineGamesが『大いなる円環』で一人称視点を中心に据えたのは、単なる操作方式の違いではなく、「インディ・ジョーンズを操作する」のか「インディ・ジョーンズとして冒険する」のかという体験設計の違いと考えることができます。

ただし、没入感を高める設計がすべてのプレイヤーに同じ効果を与えるとは限りません。著名なキャラクターを題材にしたゲームでは、「その人物になりたい」という需要と「好きな人物を自分で動かしたい」という需要の両方が存在します。

原作IPをゲーム化する場合、視点ひとつを取っても、どちらの体験を重視するかによって作品の印象は大きく変わります。『大いなる円環』は、その中で前者を強く選択した作品と見ることができます。

発売後も対応プラットフォームを拡大

『インディ・ジョーンズ/大いなる円環』はXbox Series X|SとPC向けに登場した後、2025年4月17日にPlayStation 5版が発売されました。

さらにその後Nintendo Switch 2にも展開され、現在はXbox、PC、PlayStation 5、Nintendo Switch 2でプレイできる作品となっています。

発売当初と比べて遊べるプラットフォームが大きく広がったことで、映画シリーズのファンが作品に触れられる機会も増えています。

まとめ

『インディ・ジョーンズ/大いなる円環』と『アンチャーテッド』には、世界各地を巡る冒険、遺跡探索、謎解き、映画的な演出など共通して見える部分があります。

しかし実際のゲームデザインを見ると、『大いなる円環』は一人称視点を中心に据え、プレイヤー自身がインディ・ジョーンズになったように感じられる体験を重視しています。

そのため「アンチャーテッドのインディ・ジョーンズ版」を期待すると違いを感じる可能性がありますが、逆にインディの世界へ自分自身が入り込むような冒険を求める人には、この違いこそが本作最大の特徴になるでしょう。

管理人コメント

映画の『インディ・ジョーンズ』シリーズは好きで、ほとんどの作品を観ています。

ゲームが発表されたときも「自分でインディを操作できるのか!」と興味を持ったんですが、FPS視点を中心に物語が展開すると知って、結局プレイするのはやめました。

インディを操作して冒険してみたいとは思っていたんですが、私の場合は「インディ本人になりきりたい」という感覚とはちょっと違ったんですよね。

映画で見てきたインディが遺跡を駆け回ったり、敵と戦ったりする姿をゲームでも見ながら操作したかったので、個人的には三人称視点のほうが惹かれたと思います。

逆に考えると、一人称視点を採用したことで「インディを見るゲーム」ではなく「自分がインディになるゲーム」を目指したのかもしれません。

そこがハマる人にはかなり魅力的だと思うんですが、私みたいに映画のインディを動かしたかった人とは、ちょっと求めていたものが違ったのかなと思います。

情報元

Bethesda公式:『インディ・ジョーンズ/大いなる円環』

Bethesda公式:『インディ・ジョーンズ/大いなる円環』ゲームプレイ公開

Bethesda公式:Wits, Whip & Fists ― 一人称視点の開発意図

Bethesda公式:PlayStation 5版発売情報

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